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その時が来れば決断すると思っていたがその時は来ず / 来ないなら自ら決断するのみ

その時が来れば決断すると思っていたがその時は来ず / 来ないなら自ら決断するのみ

先日書いた今の状況(コンフォートゾーン)を変えることが怖かった、面倒だった / 小さいけど仕事の状況が変わる可能性を信じていた

次回書く内容として記載した下記。

『その時が来れば決断する』
しかし、そんな時は一向に来る気配すらなかった。
だから自ら決断をした。

その時が来ないなら自分で決断をするのみ。

その時が来れば決断する

どこか頭の隅の方にずっとあった考え。
その時が来れば決断する

毎回、小さいキッカケの事を書いた時と同じような事が起きる度にこう考えていた。

「またか・・・・・・気持ち切り替えて次頑張ろう!」
「・・・このままで良いのだろうか」
「・・・その時が来たら決断しよう」
この3つが大体一緒に頭の中でグルグルと回る。

そもそも『その時』ってなんだ?
恐らく総じて言えることは「会社を辞めても良いだろう」ということ。

お金が貯まったしいいだろう。
副業で食えるくらい稼いだ(またはこれからも稼げる)からいいだろう。
他にやりたいことが見つかり、それで食っていける状況になるからいいだろう。
ある意味、保険的な意味合いが有る様に思う。

人によっては「甘え」と捉えられるかもしれないが、その保険を見つけたかったんだと思う。
しかし、見つからず約1年半やってきた。

その時が来ないのならその「その時」を自分で作り、決断するしかない。
そう決めた。

その時が来ないなら自ら決断

自ら決断。

大きな引き金になったのはやはり仕事。
お客さん先で常駐という形、派遣で働く。
その間には契約が交わされる。
その契約が短期(当初は長期ということだった)で終了。
しかも、2ヶ月連続。

契約終了の連絡を受けた時、自然と社員としての “次” は見れなかった。
そしてこうも約1年半も続くと神様が「その会社を辞めなさい」と言っているんじゃないか?という位の気持ちになった。

そして信頼のおける先輩(職種は違うが腹を割って話せる人)とこれからの事を話す。
この話し合いで自分のこれからの事をこれまでより一層考えた。

朝起きて歯を磨いている時、電車に乗って出勤している時、仕事中に我に返った時、ランチ食べている時、歩いている時、帰りの電車に乗っている時、帰宅し椅子に座っている時。
1日中ずっと考えていた。
頭の中では限界があったんで文字として視覚化し考えたりもした。
色んな角度で俯瞰、これまで仕事をしてきたという実績から可能性を探ったりもした。
しかし、最後に行き着く点は「退職する」という点。
考えても、考えても最終的にこの点に行き着く。

そうやって考えているうちに小さかった思いがより大きい存在になり結果、「今の会社を退職する」という選択、そして決断をした。

この決断をするのは正直怖かった

前回、コンフォートゾーンの事を書いたが、それが自分の中にあるだけにこの「退職する」という決断するのは怖かった。
しかし、心がそう射していた。
心が射していたということは怖いもクソもない。
この心の声を無視しこれまで通り(現状維持)に仕事をしていたら後悔する気さえしていた。

見方を変えた。
怖さを受け止め、暗い未来が来るはずがない。
なんで来てもいない事に対して暗いと決めるけるんだ?
来てもいないなら明るい未来にも出来るだろう。
俺なら大丈夫。
それをイメージしていこう。
そう変えた。

決断の先

決断の先。
これからの事。
未来。





それはまた次回。

次回

次回を公開したのでリンクを追記。

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